塔2024年3月号・作品1前田康子選より

好きだった6首です。

 

公園の側の上野や冬の夜にいくらなんでも空洞すぎる/廣野翔一、p32

アメ横などがある東側とは逆の「公園の側」。特に不忍池周辺をイメージしましたが、タワマン群まで上空がすこんと抜けているんですよね。都心に近いからこその気づきかと思うと、上野というよりも東京の歌なのかなと感じます。言葉の選択から「冬の夜」の寂しさや、恐ろしさのようなものを感じてとても素敵です。

 

ヤングケアラーとなりし鬼太郎がさがしをりまなこ病みたる小さき父を/田中律子、p33

鬼太郎よりねずみ男の立ち直る早さが好きだ 明日も嘘つく/同、p33

ゲゲゲの鬼太郎モチーフの2首が並んでいました。目玉おやじを世話する鬼太郎が「ヤングケアラー」だとは思っていなかったですし、2首目「明日も嘘つく」からも主体の生活と鬼太郎の世界とを重ねているのかと思います。その加減が巧みで、シリアスな言葉でもユーモアを伴ってくるところが好きです。

 

夫とする喧嘩が近頃つづかない冬の日お天気さらりと変る/加藤紀、p35

天気が変わりやすい冬に、主体の(主体の夫もかもしれませんが)感情を重ねたと読みました。喧嘩を続けるのには気力も忍耐(?)も必要ですよね。直接的な言葉を用いずさらっと詠まれたところが素敵です。

 

足音がしずかに階段のぼりきてふすまの前でふっと消えたり/山名聡美、p42

「ふすま」を開けると主体の部屋で、相手はふすまの前で主体の様子をうかがっている、案じていると読みました。そうする背景にはきっと相手の思いがあるはずで、淡々と詠みつつも結句の「ふっと消えたり」は相手の心情を汲み取っていると思いました。ただ主体から見れば、それまで聞こえていた足音が止まると戸惑いますよね。歌には感情の機微を思うのですが、少しクスッともしました。

 

たくさんの町に暮らしてこの体わたしだけのからだになっていく/上澄眠、p43

この街だ、というものがあって長く住んでいればからだは街に寄りかかり始めるのかなと想像しました。それはふるさとへの強い愛着みたいなものかなと思いますが、そうでないからこそ、自分だけの体と(強く)自覚するのかなと読んで考えました。守るものができる/増えるということとは離れた視点と思います。とても共感しました。