塔2024年3月号・作品2なみの亜子選より

好きだった7首です。

 

爪を切る足の形は父似なる暗き病室に視つめし足を/池田真喜子、p140

爪を切っているのは主体自身か別の人かで迷いますが、一連の流れから家族だと取りました。なかなか足の形(もとい姿)から誰に似ているかには思い至らないのではと感じ、惹かれました。病室は暗く、爪を切る動作も不穏な気がします。「視つめし足を」と倒置にして足を強調しているのも効果的だと思いました。

 

枯れ葉色はおりて思惟をするようにバッタは本のうえに動かず/小原文子、p141

わが死亡の噂ながれる年の瀬の風に足元ふいに揺らぎぬ/同、p141

一首目は保護色を「はお」るとするのが斬新だと感じつつ、色を変える様として適切だと思いました。下句からバッタは本に擬態しているつもりなのでしょうか。「思惟をするように」でアカデミックな印象を持たせつつ、ユーモラスなところが素敵です。

二首目は、何が信念を揺らすかは分からないものですが、「死亡の噂」(しかも主体にまで噂が入ってきている)ということで、重たげな出来事をさらりと詠まれているところが好きです。

 

吾が声の録音機より流れ来る腸(はらわた)少しさらしたやうに/谷口富美子、p144

「録音機」はICレコーダーのことだと思います。自分の声が流れるときは気恥ずかしくなりますが、「腸をさら」すという強烈な言葉選びが胸にきました。わたしがわたしに腸をさらすというのは、グロテスクなようで、共感するものがありました(私もできる限り自分の本来の声は聞きたくないです)。

 

月は早沈んでしまひ硝子戸の冷気がひたと背中に沿ひぬ/長澤ゆり子、p145

三月号なので、昨年十二月に詠まれたのであろう歌が並ぶ中、底冷えが題材のものが結構ありました(私も詠みました……)。読んだ中で一番冷気を感じると思ったのが、こちらの歌でした。「ひたと背中に沿」うので、逃れられない寒さを思いました。

 

のどぼとけ触れれば小さな貝のよう目覚めることのないお父さん/増田美恵子、p146

形状から喩えたのであろう「小さな貝」のようなのどぼとけは、綺麗な声を発していたのでしょうか。貝には海の音を聴くなど様々な印象があるので、イメージが重なって、増幅されているように感じました。

 

仕事でのミスをした日はいち早く眠りて我をゆるく手放す/和田かな子、p148

「ゆるく」の程よい感覚が素敵です。完全に割り切れたらいいのですが、きっと翌朝もほんのり後悔が残っているのかもしれません。祈るように「いち早く眠」ろうとしていることが「ゆるく」で伝わってきます。